すばらしい探求心 一歳~一歳半
「這えば立て、立てば歩めの親心」と諺にあるように、子どもがハイハイを始めれば早く立てるようにと願い、つかまり立ちができれば早く歩けるようにと、一心に我が子の成長を待ち焦がれるのが親心です。
初めてのお誕生日を迎える頃から、育児はだんだん大変になってきます。活動範囲がどんどん広がっていき、同時にそのあくなき好奇心は、手当たり次第そこら中の物をいじりまわし引きずり出したりするので、片時も目が離せなくなります。大人からみるとこれは、とても困った状態で厄介な“いたずら”なのですが、子どもにとっては何事も“新しい発見”であり、新しいことへの挑戦であったり発明なのです。
とにかく忙しく、幾つかのことが次々に進行し、全力を投入して主体的な世界と関わろうとします。欲しい物があれば、それが手に入るまで努力を惜しみません。それが自分の手に負えないことであれば、大人に要求し、その助けで目標は必ず達成しようとします。1歳半頃になると、急にできることが増えて広がりを示してきます。これは身体運動の発達が一段落し、精神機能の優れた点が目立ってくるからです。つまり“こころの働き”が“からだの働き"から分化しはじめ、心の働きによって体も支配できるように、少しずつ変わってくるのです。
“こころの働き”には2つの大きな流れがあります。一つは、見たり聞いたり考えたりする“認知あるいは”思考”“知能”などの働き、もう一つは、喜んだり悲しんだり楽しかったりという感情”あるいは“情動”の働きです。この2つの流れは決してバラバラのものではなく、心の成長によって、少しずつその場に応じて自分でコントロールできるようになっていきます。言葉の発達も、人や物と関係して動作や状況にうまく合わせて現れてきます。乳幼児の特徴としては、心の動きがただちに行動であり、行動そのものが心です。そしてその行動は、必ず人と関わりのあることなのです。いたずらをしながらも人の顔をちらちらと見たり、「いけない」と叱られるとかえってわざとやるように、人を意識した行動であることが多いのです。
ソーシャル・リファレンシングといって“参照"と約されていますが、この言葉は、子どもが一人で何かに取り組んだりしたときに、困難にぶつかったり、戸惑ったり不安になったりすると、必ず人を振り返ります。そのときに、自分の信頼している人がその視線をしっかりと受け止めて、「大丈夫」と励ましたり認めてくれたりすること、また、今までできなかったことが上手にできたりしたときに、「どんなもんだい。今の見てくれた?」とばかりに期待して振り返ったりするときに、その喜びを共有してくれる視線と出会うことをいうのですが、このことが、子どもの人格に関わる感性を育てることに大変重要な役割を持つというのです。自分をフォローしてくれる心や目があるということは、安心していろいろなことに取り組んだり、意欲や自信につながります。
1歳児という人間の一生のうちで一番愛らしいこの時は、2度とないのです。そしてこの人格形成の重要なときを、ゆったりと楽しく、気長につきあって見守って欲しいと思います。子どもを育てるという “育児”は、大人が自分自身を育てるという “育自”でもあるのではないでしょうか。
リトミック研究センターFacebookより
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